大判例

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名古屋地方裁判所 昭和47年(行ウ)29号 判決

第二九号事件 原告 伊藤静男 外二名

第三一号事件 原告 長谷川忠男

被告 国

訴訟代理人 横井芳夫 外一名

主文

一  原告らの本件訴えのうち、自衛隊法(昭和二九年六月九日法律一六五号)は違憲であることの確認を求める部分はいずれも却下する。

二  原告らのその余の主位的請求はいずれも棄却する。

三  原告らの予備的請求に関する部分は、いずれも却下する。

四  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一申立

(原告ら)

主位的請求の趣旨

一  自衛隊法(昭和二九年六月九日法律一六五号)は違憲であることを確認する。

二  原告伊藤静男は、同原告が被告に支払うべき金一二〇万円(昭和四六年一〇月九日相続にかかる相続税残額)を、被告が自衛隊費に使用する行為を停止するまで、右金員の支払いを停止する権利を有することを確認する。

三  原告らは、昭和四七年度以降被告が原告らの支払う税金を自衛隊費に使用する行為を停止するまで、その所得税の五パーセントは支払いを停止する権利を有することを確認する。

四  被告は、原告伊藤静男に対し金五、〇〇〇円、原告水野弘章に対し金九〇〇円、原告長谷川忠男に対し金六〇〇円をそれぞれ支払え。

五  被告は原告らに対し、各金一〇〇万円を支払え。

六  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決。

予備的請求の趣旨(主位的請求の趣旨二、三項が認められない場合)

一  被告は原告伊藤静男の支払う一二〇万円(昭和四六年一〇月九日相続にかかる相続税残額)を自衛隊費に使用してはならない義務のあることを確認する。

二  被告は原告らが支払う所得税を昭和四七年度以降自衛隊費に使用してはならない義務のあることを確認する。

(被告)

本案前の答弁

一  本件訴えのうち主位的請求の趣旨一ないし三項、予備的請求の趣旨一、二項の各請求に関する部分を却下する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決。

本案に対する答弁

一  主位的請求の趣旨二ないし五項、予備的請求の趣旨一、二項の各請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決。

第二主張

(原告ら)

請求原因

一  原告らは、肩書地で弁護士業務に従事しているものである。

二  原告伊藤の母訴外亡伊藤ひさは昭和四六年一〇月九日死亡し、同原告は、その相続人として、同訴外人の権利義務を承継したが、その相続税額は一五八万六、九〇〇円であつた。原告伊藤は昭和四七年四月二七日右相続税の内金八万六、九〇〇円を納付した。

また、昭和四六年度所得税として、原告水野は金一万六、二〇〇円、原告長谷川は少なくとも金一万円をそれぞれ納付した。

原告らは、昭和四七年度以降も所得税等の税金の支払いが当然に予定されている。

三  ところで、自衛隊法及び同法に基づく自衛隊が憲法九条に違反するものであることは明らかであるが、原告ら国民は、被告国の右違憲行為に協力、加担すべき義務はなく、したがつて、右違憲行為に加担することになる税金の支払いを拒否ないし停止する権利を有するものというべきである。

以下詳述する。

1 自衛隊法及び自衛隊の違憲性

憲法の各条項は、憲法制定審議会においてなされた政府委員(金森国務大臣等)の審議説明、解釈に基づく条項として国会において可決されたのであり、したがつて、憲法制定時における憲法条項の右解釈は、不変性をもち、これに反する解釈は許されず、当然に法的拘束力を有するものである。特に、憲法九条の解釈については憲法制定審議の際あらゆる角度から十二分の説明、解釈がなされているが、戦力の保持は自衛のためであつても明白にこれを否定する解釈がなされ、その解釈に基づいて賛否が問われ、可決制定されているのである。

したがつて、自衛隊法及び同法に基づく自衛隊が違憲であることは、一見して極めて明白である。

即ち政府は、昭和四七年一〇月九日の国防会議と閣議で総経費四兆六、三〇〇億円にのぼる第四次防衛力整備計画(以下「四次防」という。)を正式決定した。右計画における総経費は第三次防衛力整備計画の二倍弱、特に陸海空軍の主力整備はF4EJフアントム戦闘機の増強をはじめ、軍艦一三隻の建造も決まり、日本国の軍隊の増強は、遂に世界の七、八番目に位するに至つたものであつて、自衛隊の違憲性は極めて顕著となつた。

2 納税拒否・停止権の根拠

(1) 憲法の納税義務の本質に由来する納税拒否権

憲法三〇条は、「国民は、法律の定めるところにより納税義務を負う。」旨定めているが、右納税義務は、自然法上との義務ではなく、社会契約上の義務であり、為政者が憲法条項を確実に実践履行することによつてはじめて発生するところの義務である。

そして、民主憲法の本質的性格から認められることは、憲法上の納税義務は、国民に、為政者をして憲法条項、特にその基本原理を忠実に実行実践させる権利、しかしてそれにより憲法体制下に安んじて生活し得る権利を与えているということである。

したがつて、その論理的帰結として、納税者たる国民には、支払つた税金の使途を監視、監督する権利、すなわち為政者が税金を憲法条項遵守実践のために使用しているか否かを十二分に監視、監督する権利がある。万一、為政者において、憲法条項に違背した税金の使用がなされている事実を発見すれば、これが中止、是正を促すべきは勿論、それでも為政者においてその非を改めざる時は、納税を拒否し得るは当然の権利というべきである。

右納税拒否権は、納税義務の本質に由来する主権者たる国民の基本的権利である。

ところで、四次防の実施としてなされる四兆六、〇〇〇億円という膨大な軍事予算の支出は、現行憲法の基本原理である絶対平和主義、憲法九条の完全な戦争放棄、戦力不保持の原則をその根底から否定し、打ち破る違憲支出であり、その違憲性の程度、その支出金額からして、主権者たる国民としては到底黙過することはできないものであつて、原告らは、納税を拒否する権利を有し、かつ、その義務を負うものというべきである。

なお、憲法九条に関する憲法制定審議会における政府委員(幣原国務大臣)の説明中には、同条は、国民に対し、具体的な権利内容として、軍事目的、軍事費用には税金を使用しない旨保障していると解釈される、と述べられているから、この解釈に立てば、国民は軍事費を徴収されない権利を保障されているのであり、(軍事費の徴収を国会で議決し、法律を定めても、それは違憲、無効である。)、原告らは、この点からしても納税を拒否する権利を有するものである。

(2) 犯罪行為、違法行為に協力、加担しない権利、義務としての納税拒否権

犯罪行為、違法行為に協力、加担しないことは何人にも認められるべき権利であり、義務である。たとえ、行為者が国であろうと、その行為を犯罪行為、違法行為と認識するかぎり、それとの協力を拒否することこそ正義である。

戦争は人類最大の悪であり、人間にとつて最大の公害である。そして、民族の存亡にかかる戦争公害、戦争災害を防止するためには、軍備、戦力を撲滅、廃止することが絶対に必要であり、だからこそ、憲法九条は、完全に軍備、戦力の保有を禁止し、交戦権を否認したのである。

しかるに、四次防の実施は、右に述べた戦争公害予防役としての憲法九条の存在価値を踏みにじり、日本民族の生命に対する危険をも惹き起こすものであつて、現在の日本における最大の犯罪行為、違法行為である。

ところで、昭和四八年度の所得税確定申告用紙には、国民の納入する税金は、一、〇〇〇円につき六五円が軍事費(国防費)に使用される旨不動文字で印刷明記されており、国は、国民に対し、納入税金につきその一〇〇〇分の六五を憲法で禁止されている軍事費に使用することを明示しているのであるから、原告らがこれを認識して納税することは、被告国の犯罪行為、違憲行為に対する協力、加担行為となり、幇助犯的役割を果たす結果となる。したがつて、民主憲法下の国民としては、先に述べた正義の原則により、被告国の犯罪行為に協力、加担することになる税金の納入を拒否し得る権利を有するものというべきである。

四次防実施による被告国の違憲行為は、その違憲性がもはや国民の納税義務の受忍の限度を超えるものである。

したがつて、四次防実施期間中の税金の支払いは停止してこれに協力、加担することなく、政府に反省させ、違憲行為を是正して、国政を法治国としての正しい憲政に立戻らせることこそ、主権者たる国民の権利であり、義務である。

(3) 良心的納税拒否権

憲法九条は、一言にしていえば、太平洋戦争で亡くなつた数百万、数千万の人々の、生存者に対しての魂の声であり、叫びである。

それは、人類史上かつてどの民族も経験したことのなかつた原爆の被害体験という甚大な犠性のうえに、はじめて、日本国民が覚知し、踏み切ることのできた地球上に生残るための戦略であり、日本民族の貴重な永久戦略として規定せられたものである。人類史的には、人類の長年の祈願、理性と良心の開花ともいうことができよう。

この人類史的な意味をもつ憲法九条の解釈については、いろいろ論議されているが、警察予備隊、保安隊、自衛隊と徐々に軍備を拡大してきた政府、自民党の解釈は詭弁以外の何ものでもない。

原告らは、法律家、弁護士として、自衛隊は違憲の存在であり、わが国の憲法体制、憲法秩序を極度に乱しており、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起こることのないように決意して制定された憲法の平和的生存権の原理が、政府の行為によつて、質的、量的に極めて大きく打破られているという認識を有するものである。

そして、弁護士は、弁護士法により、常に法令に精通することを職責と要求されており、それにより得た法律知識等をもつて、人権の擁護と社会正義の実現、社会秩序の維持に努力することを義務づけられているのである。

したがつて、弁護士としての良心、すなわち内なる良識と道徳感は、普通一般人よりも違法、違憲秩序に対して厳しいものがあり、それらを認識した場合、これが是正、すなわち社会正義の実現、正しい社会秩序の保持義務感においても、より強度のものであることは当然である。

よつて、弁護士が良心に基づく決定、決断をする場合においては、一般人と同様宗教的要素、倫理的・人道的要素、理性的・政治的要素が作用することは勿論であるが、それと同時に法律家、弁護士としての法律知識、使命、義務感が大きく働らくのであり、しかもそれは主義、信条ともいうべき次元において、大きく働らくことはみのがすことができないところである。

弁護士の右のごとき良心も、憲法上保障された「良心の自由」の範囲内のものとして、保護、保障されなければならない。

上述してきた違憲の四次防に資する納税を任意履行することは、もはや原告らの法律家、弁護士としての良心を著しく侵害し、傷つけるもので、良心の犠牲なくしてなし得ないところである。

よつて、原告らは、四次防実施の期間中、良心的に納税を拒否する権利があることは明白である。

(4) 抵抗権としての納税拒否権

抵抗権(不正な国家権力の行使に対し抵抗する権利)は、憲法上の明文をもつて定められると否とにかかわらず、人権規定の前提たる自然権として存在するのであつて、抵抗権を否定することは民主制原理そのものの否定につながることを今日疑うものはいない。

日本国憲法もまた諸外国の抵抗権思想の伝統を受け継ぐものである。これは憲法のよつて立つ思想的背景が自然法に根拠を置く人権思想であり、近代諸国家の権利章典の伝統のうえに成り立つていることからおのずと明らかである。

さらに、抵抗権という表現こそ使われていないけれども、憲法一二条において、国民一人一人に自由と権利保持のための不断の努力を要求し、かつ、九九条において公務員の憲法尊重擁護義務を負わせていること、前文、一一条、九七条等で基本的人権の普遍性、不可侵性、永久性を述べていることよりすれば、かかる基本的人権規定を中心とする憲法秩序の侵害に対する抵抗の権利は実定憲法上も認められているものというべきである。

四次防の実施は、支配者による憲法九条秩序に対する「急迫不正の侵害行為」であり、原告らの納税拒否は、憲法原理の「正当防衛行為」であり、遵法のための抵抗権の発動であるから是認されるべきである。

(5) 天抗権(狭義の抵抗権)―非理法権天―としての納税拒否権

原告らは、四次防の閣議決定を契機として余りにも増大する被告国の不法、不正行為に堪え得ずこの不正に加担する行為となる税金の支払いを停止し、この停止行為の正当性の確認を得べく本訴を提起したのであるが、裁判所により右正当性が認められないとすれば、その時こそ、真に、原告らの税金支払停止行為は平和的受動的抵抗権としてその正当性が認められる。

これは天意に基づく天抗権ともいうべき抵抗権である。

四  原告らの納税関係は前二項記載のとおりであるが、被告国は、原告らの支払う税金の五パーセント以上を自衛隊費に使用している。

しかしながら、前項において述べたとおり、原告らは、自衛隊費に使用される税金の支払いを拒否ないし停止する権利を有している。

よつて、

1 原告伊藤は、同原告が被告に支払うべき金一二〇万円(昭和四六年一〇月九日相続にかかる相続税残額内金)を被告が自衛隊費に使用する行為を停止するまで、右金員の支払いを停止する権利を有する。

仮に、右主張が認められないとしても、被告は右金員を自衛隊費に使用してはならない義務がある。

2 原告らは、昭和四七年度以降被告が原告らの支払う税金を自衛隊費に使用する行為を停止するまで、その所得税の五パーセントの支払いを停止する権利を有する。

仮に、右主張が認められないとしても、被告は原告らが支払う所得税を昭和四七年度以降自衛隊費に使用してはならない義務がある。

3 自衛隊が違憲な存在である以上、原告らから公務員が税金として自衛隊費分を徴収する行為ないし、原告らの納付した税金を自衛隊費に支出使用する行為は、明らかに違憲な行為であり、原告らは、その納付税金中自衛隊費に使用された割合分だけ、財産権を侵害され、かつ、他の受くべき福利を侵害されたのである。したがつて、被告は、原告ら(但し、原告財前を除く)が納付した税金のうち、少なくとも自衛隊費に使用された金額(〇・六%以上)を国家賠償法一条に基づき賠償すべき義務があり、然らずとするも、不当利得金(法律上の原因を欠く給付金)として返還すべき義務があるから、原告伊藤に対し五、〇〇〇円、原告水野に対し九〇〇円、原告長谷川に対し六〇〇円をそれぞれ支払うべきである。

4 裁判所が自衛隊法及び同法に基づく自衛隊の憲法適合性について審査権を有することは明白であるところ、原告らは、自衛隊法が違憲であることを前提として、右税金の支払停止権の確認等を求める請求をなしているものであつて、抽象的に法令の効力を争つているのではないから、自衛隊法が違憲であることの確認を求める利益がある。

五  内閣総理大臣、国務大臣及び国会議員の立法改正等の不作為も違憲、違法な職務行為を構成し、国家賠償の対象となり得るものである。

自衛隊法及び同法に基づく自衛隊が憲法九条に違背するものであることは一見極めて明白であるにもかかわらず、歴代総理大臣、国務大臣及び国会議員、ことに政府自民党は詭弁を弄し、違憲の自衛隊法を制定し、現在に至るまで、同法を廃止あるいは改正せず、反対に自衛隊を増強し続けているものであつて、右の者らの行為は、違憲、違法の不作為(職務行為)を構成するものというべきである。

ことに、四次防により飛躍的に軍事予算が増強され、自衛隊の違憲性が極めて顕著となつて、国会でも問題となり論義されたので、国会議員としては、憲法制定議会の議事録を読むなどして研究し、その任務を尽くせば、その違憲性を十分認識でき、これが是正をなし得べき、またなすべきであつたにもかかわらず、これを怠り、その後も極端な違憲状態を継続させ、原告らの支払う税金をその違憲行為に使用したものである。

右不作為等は、憲法上保障された原告らの良心、人格権を著しく傷つけるものである。

特に、原告伊藤は、四次防決定後、相続税の分納支払いは違憲行為に協力、加担することになるので拒否したところ、津島税務署長は昭和四九年二月二二日同原告所有の土地につき差押処分をなしたものであるが、同税務署長の右行為は、昭和五一年度には名古屋弁護士会会長、中部弁護士連合会理事長、日本弁護士連合会副会長の役職にも就いた同原告の名誉及び人格権を著しく傷つけるものである。

よつて、被告国は、国家賠償法一条により、原告らに対し、少なくとも各一〇〇万円の損害賠償責任を負うものというべきである。

六  よつて、原告らは、申立掲記の判決を求める。

(被告)

本案前の申立の理由

一  自衛隊法が違憲であることの確認を求める部分(主位的請求の趣旨一項)について

右は、抽象的に法令の違憲審査を求めるものであつて、不適法である。

二  税金の支払いを停止する権利のあることの確認を求める部分(主位的請求の趣旨二、三項)について

確認訴訟の対象となるものは、具体的な権利関係であつて、しかもその権利の内容が現行法上認められたものでなければならないことは論を俟たない。

原告らの主張する税金支払停止権は、その内容をどのように解するにせよ、現行法上の根拠を欠くものであることは明らかである。

したがつて、原告らの右請求は、現行法上認められた具体的な権利の確認を求めるものとは到底いえず、確認の対象を欠く不適法なものとして、却下を免れない。

以下、原告らに税金の支払停止権が生ずるいわれのないことについて詳述する。

1 もともと憲法は、国の財政について、国会中心財政の一般的基本原則を明らかにしており(八三条)、国の予算は、国会の議決を経て成立するものとし(八六条)、国費の支出も国会の議決に基づくことを要するとしている(八五条)。したがつて、仮に、原告らが主張するように、歳出の一部に憲法上疑義があり、また右歳出によつて、憲法二五条による社会福祉予算を減少せしめる結果を生ずることがあるとしても、予算自体が国会によつて適法に議決され、また、その執行も適法な国会の議決に基づいてなされたものである以上、個々の国民が予算の執行を国費の不当な支出であるとして訴訟において争うことは許されない。仮りに国費が不当に支出された場合であつてもそれが国会の議決に基づく予算の執行としてなされた以上、国民に、直接右支出の不当性につき裁判所へ出訴することを許すことは、国会の権限を侵すこととなるからである。

勿論、国の財政を処理する権限も、主権者たる国民に由来するものであつて、それが国民全体のために行使されなければならないことはいうまでもないが、憲法上の前記財政民主主義制度は、国民の代表機関としての国会における議決によつて具体化さるべきものとされているのであり、国民が直接国の財政を是正する途は憲法の認めるところではない。

したがつて、国民が国の財政に関与する方式としては、民主政治における選挙権の行使によるほかはないものと解すべきである。

以上のとおり、国費の支出が不当であつても、それが国会の議決に基づいてなされている以上国民が直接これを争うことができないのであるから、国費の不当支出を理由として、国民に税金支払停止権なる権利が生ずるいわれはない。

2 国民の納税義務は、法律の定めるところによつて発生するものであつて(憲法三〇条)、歳入予算によつて決まるわけではなく、一方、国費の支出は、国会で議決された歳出予算に基づいてなされるのである(憲法八五、八六条)。このように、憲法上税金と予算とは、形式、実質ともまつたく別個のものであるから、仮に徴収された税金が憲法または法律に違反する国家行為のために費消される結果になつたとしても、そのときは、その予算の執行たる支出それ自体が違憲または違法になるということはあり得るとしても、租税の課税、徴収が違憲または違法となるものではない。したがつて、支出の違憲または違法を理由として納税を拒む理由は何ら存在しないというべきである。

もつとも、もし、憲法に違反する国家行為に必要な経費に充てるための目的税が存在し、原告らがその目的税を納付しているという場合であれば、原告らに、当該目的税の納税を拒否する権利があるとの見解が成立する余地も存するといえなくもないが、右のような目的税は、現行法上存在しない。

3 原告らの支払停止権確認請求は、それ自体において租税法律主義に違反する。

租税法律主義とは、納税義務者、課税物件、課税標準、税率等の課税についての実体上の法律要件及び納税の時期、納税の方法等の徴収手続について、法律または法律で定める条件によらなければならないことを意味するものであるが(憲法三〇条、八四条)、その対象は、単に納税手続のみならず、納税義務を免じ、あるいる納税金の支払いを一時停止するような場合をも含むものと解すべきである。

したがつて、仮に、原告らが主張するように、納税者において税金の支払いを停止することができる場合がありうるとすれば、その要件について法律をもつて定めることを要するものというべきである。しかるところ、本件において原告らの主張するいわゆる支払停止権なるものは、まつたく法律上の根拠を欠くものであることは、前述のとおりであるから、右請求自体、租税法律主義に違反するものといわなければならない。

三  原告らの支払う税金を自衛隊費に使用してはならない義務の確認を求める部分(予備的請求の趣旨一、二項)について

民事訴訟は当事者間の紛争を法律的に解決するための制度である以上、原告らの請求はこれが認容された場合に当該紛争を終局時に解決し得るだけの特定された内容のものでなければならない。

ところで、原告らは、予備的に、原告らの支払う税金を、被告が自衛隊費に使用してはならない義務の確認を求めているが、その確認の対象としての義務の内容は極めて不明確であつて、原告らが本件において確認を求めている不作為義務が具体的にいかなる内容のものであるか(国会が自衛隊費への支出を認める歳出予算の議決をしてはならないというのか、予算の執行行為をしてはならないというのか、等)明らかではなく、その意味において、原告らの請求はすでに特定を欠くものとして不適法たるを免れない。

また、その請求を内容的にみても、現行の財政制度の仕組みに照らし、原告らの納入する税金だけを国家の他の収入から切り離し、特定の費目への支出を行わないものとすることは不可能であり、原告らが確認を求める義務は実現可能な特定された内容をもつものとは到底いい得ない。

以上のとおりであつて、本請求部分は、確認の対象たる被告の義務が具体的に特定されていない点で不適法な請求である。

請求原因に対する認否

一  請求原因一の事実は認める。

二  同二のうち、訴外亡伊藤ひさが昭和四六年一〇月九日死亡したこと、原告財前を除くその余の原告らが、その主張する相続税、所得税を納付したことは認める。

原告らが、昭和四七年度以降も所得税等の税金の支払いが当然に予定されているとの点は不知。

三  同三の主張は争う。

なお、原告ら主張日時頃、原告主張のとおりの内容を有する四次防が正式決定されたことは認める。

四  同四の主張は争う。

五  同五の主張は争う。

なお、津島税務署長が、昭和四九年二月二二日原告伊藤所有の土地について差押処分を行つたことは認める。

被告の主張

一  原告らの主張は、その前提とする自衛隊違憲論がもともと司法審査になじまないものであり、前提においてすでに誤りがある。この点からも主張自体失当といわざるを得ない。

すなわち、国民主権主義に立脚する三権分立の原則のもとでの立法及び行政作用と司法作用との本質的相違に照らせば、国の機構、組織ならびに対外関係を含む国の運営の基本に属する国政上の本質的事項、すなわち統治事項に関する国家行為は、大前提となる憲法その他の法規の規定内容及び小前提となる当該国家行為の性質がともに一義的に明確であり、したがつてそれが一見極めて明白に違憲、違法と認め得られないかぎり、統治行為として司法審査権の範囲外にあると解すべきであつて、三権分立制度のもとにある憲法八一条もこれを前提としている規定であると解すべきである。

そして、自衛隊法の制定は立法行為として、自衛隊の設置運営は行政行為として、いずれも統治事項に関する行為であるところ、大前提となる憲法九条の解釈については、戦争等及び軍隊ないし戦力の保持に関し、侵略を目的とするものについては一義的明確にこれを禁止していると解すべきことが定説となつているが、自衛を目的とするものについては、積極・消極の両説がありいずれの説も一応合理性を有し、一義的明確にこれを禁止しているとは即断できない。一方小前提となる自衛隊法及び自衛隊の設置運営も前者はその規定上同様に一義的明確に侵略的なものと解されず、後者もまた証拠調をするまでもなく一義的明確に侵略的であるとはいえないから、結局これら立法・行政行為については、本来の所管機関である国会ないし内閣の政治行為として、その選択を当該機関の専属的判断に委ね、右選択の当否については窮極的には国民の政治的批判にまつべきものというべきである。

結局、自衛隊の存在等が憲法九条に違反するか否かの問題は、統治行為に関する判断であり、国防に関する国家政策の選択、採否も高度の専門技術的判断であるとともに、高度の政治的判断を要する最も基本的な国の政治決定にほかならないから統治行為であり、裁判所の判断になじまないものであることは明らかである。

ところで、原告らの主張は、自衛隊が一見明白に違憲な存在であることを前提としているが、右前提は、独断的であつて誤りがあり、その余の点について反論するまでもなく主張自体失当であつて、主位的請求の趣旨二ないし五項、予備的請求の趣旨一、二項の各請求はいずれも理由がないものというべきである。

第三証拠〈省略〉

理由

一  自衛隊法が違憲であることの確認を求める請求(主位的請求の趣旨一項)について

わが国における現行制度上裁判所に与えられている司法権は、いわゆる法律上の争訟について裁判を行う作用をいい(裁判所法三条)、具体的な争訟事件、すなわち具体的な権利または法律関係につき紛争が存する場合にはじめて発動し得るのである。

したがつて、裁判所に与えられている法令等の違憲審査権(憲法八一条)も、かような司法権を発動し得る際に行使できるものと解すべきであり、裁判所は具体的事件を離れて抽象的に法令等の合憲性を判断する権限を有しないものというべきである(最高裁判所昭和二七年一〇月八日大法廷判決、民集六巻九号七八三頁、同昭和二八年四月一五日大法廷判決、民集七巻四号三〇五頁参照)。

原告らは、「原告らに税金の支払停止権のあることの確認を求める前提として、自衛隊法が違憲であることの確認を求めているのであつて、抽象的に法令自体の効力を争つているのではないから、本請求部分は適法である。」旨主張する。

しかしながら、本請求部分は、原告らの主張する税金支払停止権なるものの確認請求部分とは、別個独立のものとしてこれから切り離し、自衛隊法が違憲である旨の確認を求めているのであり、その限りにおいて具体的な法律関係についての紛争に関するものとはいえないから、自衛隊法が違憲であることの確認を求める部分は不適法というべきであつて、原告らの右主張は理由がない。

二  原告らに税金の支払停止権のあることの確認を求める請求(主位的請求の趣旨二、三項)について

1  請求原因一、二の事実(但し、原告らが昭和四七年度以降も所得税等の税金の支払いが当然に予定されているとの点を除く。)は当事者間に争いがない。

2  原告らは、原告らが支払う税金を、被告が自衛隊費に使用するのは違憲支出であるから、原告らが支払うべきその主張にかかる各税金を被告が自衛隊費に使用する行為を停止するまで、当該税金の支払いを停止する権利を有する旨主張するので、以下右主張の当否につき検討する。

(一)  憲法三〇条によれば、「国民は、法律に定めるところにより、納税義務を負う。」と定められているところ、租税債権債務関係は、租税実体法の定めるところにより、特定の租税債権者と租税債務者との間に成立する。すなわち、租税実体法の定める課税要件を充足する事実の発生により法律上当然に租税債権者(国または地方公共団体)は租税を徴収する権利を取得し、相手方たる納税者はこれに応じて租税を納付する義務を負担することになる。

一方、主として歳入歳出の予定準則を内容とする予算の成立及び予算に基づく国費の支出については憲法八三条、八五条、八六条所定の財政民主主義の原則上国会の議決を経なければならないとされているのである。そして、予算の基礎となる国の歳入は、例えば、前記のとおり、租税が租税法によつて徴収、収納されるように、法令の規定に基づいて徴収または収納せられるのであつて、歳入予算によつてはじめて国家の徴収権または収納権が生ずるものではない。

このように、憲法上国民の納税義務と予算及び国費支出とは、形式実質共にその法的根拠を異にし全く別個なものであり、両者は、直接的、具体的な関連性を有しないのである。

そして、仮に、原告らが主張するように歳出の一部に憲法上疑義があり、また、右歳出により社会福祉予算を減少せしめる結果を生ずることがあるとしても、国会の議決を経た予算自体及びその支出の違憲、違法を理由に納税者たる国民がその是正を求めて出訴する制度(民衆訴訟としての納税者訴訟)は、現行法制上存在しない。その理由は、もし、右のような出訴を許すとすれば、憲法上の財政民主主義の制度と矛盾し、これを侵害する結果を招来することになるからに外ならない。してみると、国民は、国会で議決された歳出予算及び支出の違法不当を理由に納税義務を免れたり、あるいは税金の支払停止権を取得するものでないことは多言を要しない。

原告らは、自衛隊が違憲の存在であり、したがつて、四次防予算及びこれに基づく支出は、違憲、違法であることを理由に税金の支払停止権ないし拒否権を有する旨主張するところ、右税金支払停止ないし拒否権なるものが、その主張する税金の支払義務はないとするのか、あるいは支払義務は認めながら、単にその支払いを停止する権利を有するとするのか必ずしも明確ではないが、いずれにせよ、国会において議決されたこと当事者間に争いのない四次防予算及びこれに基づく支出の違法不当を理由に原告らが納税義務を免れ、あるいは、その支払いを拒否ないし停止することができないことは、先に説示したところから明らかであるというべきである。

付言すれば、原告らが、自衛隊の違憲を理由に、国家予算における自衛隊費の計上及びその支出行為を即時やめるよう国に対し要求し、右要求実現まで、原告らの納税を拒否ないし支払停止をせんとする行為は、憲法上の財政民主主義の原則及び租税法律主義の原則を無視し、かつ、現行法制上前記納税者訴訟制度が存しないことを看過し、自己の政治信条を短兵急に実現せんとするものとのそしりを免れず、原告らが納税拒否権の根拠として縷々主張するところは、以上説示した憲法上の原則からの制約を免れるに足りる正当な事由と認めることは到底できない。

(二)  ところで、被告は、原告らが主張する税金支払停止権は、現行法上の根拠を欠くものであるから、右停止権のあることの確認を求める本請求は、具体的な権利の確認を求めるものとはいえず、確認の対象を欠き、不適法である旨主張する。

しかしながら、確認訴訟においては、その請求が、特定の権利関係の存在または不存在の主張であれば足り、当該権利が現行法上認められるものであるか否かは、本案の審理事項に属するものであるから、原告らに右停止権のあることの確認を求める本請求について、被告主張のように解すべき理由はなく、本請求については理由なきものとして、棄却すべきものと解するのが相当である。

三  原告伊藤静男の支払う相続税残額一二〇万円及び、原告らが支払う所得税を昭和四七年度以降自衛隊費に使用してはならない義務あることの確認請求(予備的請求の趣旨一、二項)について

原告らの本請求は、国民の納税金中原告らの納税金相当額を自衛隊費に使用してはならない義務確認を求める趣旨に解されるところ、不作為義務確認の対象となる原告らの右納税金相当額につき、原告らが直接法律上の利害関係を有しないことは、先に述べた国民の納税義務と国家の歳出予算及びその支出が直接的、具体的な関連性を有しないところから明らかであるから、結局原告らの本請求は、納税者として、国家の歳出予算及びその支出の是正を求める民衆訴訟としての納税者訴訟と解する外なく、現行法上認められていない納税者訴訟としての本請求は、もとより不適法として却下さるべきである。

四  支払ずみの税金の一部の賠償ないし返還を求める請求(主位的請求の趣旨四項)について

原告らは、自衛隊費に使用されるべき割合に相当する税金については納税義務がなく、したがつて、右税金部分の徴収手続は不法行為ないし、法律上の原因を欠くとして、原告ら(但し、原告財前を除く。)の納付した税金の一部である各主張金額相当額を賠償ないし返還すべきである旨主張するが国費の一部が自衛隊費に支出されているからといつて、それが国会の議決に基づくものである以上、納税者たる国民に、その是正を求めて出訴する途はなく、また納税義務と国家予算とは直接の関連性を有しないことは、先に説示したとおりであるから、これと異なる見解に立つ原告らの本請求は理由がないものというべきである。

五  損害賠償請求(主位的請求の趣旨五項)について

(一)  原告らは、自衛隊法及びこれに基づき設置運営されている自衛隊が四次防以降憲法九条に違反していることは、一見して明白であることを前提として、内閣及び国会議員が、同法を廃止あるいは改正する立法をしないことは、違憲、違法の不作為であり、これは、憲法上保障されている原告らの良心、人格権を侵害する不法行為に該当するから、原告らは、国家賠償法に基づき、これら公務員の不法行為により蒙つた精神的打撃に対する慰藉料を国に対し請求し得る趣旨の主張をするので、考えるに、当裁判所は、後記(二)説示の理由により、原告らの立論の前提である自衛隊法及びこれに基づく自衛隊の設置運営が四次防の前後を通じ一見して憲法九条に違反していることが明白であるとは即断できず、その憲法適合性の有無は、司法審査の対象となし得ず、したがつて、現に原告らの具体的権利が侵害されているとは即断できないから、その余の点について判断するまでもなく、原告らの国家賠償法に基づく請求は理由がないと認める。

(二)  自衛隊法の制定及びこれに基づく自衛隊の設置、運営は、極めて高度の政治的判断を要する国家行為であることは多言を要しないから、一見極めて明白に違憲と認められる場合でない限り、司法審査の対象とはなり得ないものというべきである。

よつて考えるに、憲法九条は、その一項において国際紛争解決の手段としての戦争、武力による威嚇、武力の行使を放棄し、二項において右目的を達するため陸海空軍その他の戦力を保持しないと定めたことにより、侵略のための陸海空軍その他の戦力の保持を禁止していることは明白である。

しかし、憲法九条二項において、自衛のための軍隊その他の戦力の保持が禁止されているか否かについては、積極、消極の両説があり、積極説は、その解釈において、わが憲法は、平和主義、国際協調主義による平和を生存をかけて実現すべきを理想となし、かつ、現在の国際社会の情勢上もそれが可能であるとの見解に立るものであり(原告らの見解も右に同じ)、消極説は、わが憲法は、平和主義の理想を尊重すべきことを命じてはいるが、現実の国際社会において急迫不正の侵害の危険性は現存し、その際における自救行為は、これを当然としているとの見解に立つものであり、右各見解は、いずれも、それなりに一応の合理性を有するから(原告ら主張の憲法制定審議会における政府委員説明は、九条一、二項の解釈につき法的拘束力を有するとの見解は、法解釈の方法についての通説に反し、採用できない。)、結局、憲法九条二項が一見極めて明白に自衛のための戦力の保持を禁じているものとは解し難い。

ところで、憲法九条の前記解釈によれば、同条が保持を一義的、明確に禁止しているのは、侵略戦争のための軍備ないし戦力、すなわち、侵略を企図し、その準備行為であると客観的に認められる実体を有する軍備ないし戦力だけである。

そこで、右の見地から自衛隊法及びこれに基づき設置運営されている自衛隊の実態につき検討するに、自衛隊法が自衛隊の主たる任務をわが国の防衛に置き、このために自衛隊としての一定の組織、編成を定め、かつ武器を保有し、これらを対外的に行使することを予定していることは、同法の規定上明らかであり、また、現実に自衛隊が同法に基づき、同法所定の組織、編成のもとに武器を保有していることは、成立に争いのない甲第二一号証(昭和五三年度防衛白書)により明らかであるから、その設定された目的の限りではもつぱら自衛のためのものであると認められる。

そして、自衛隊法に基づき設置運営されている現在の自衛隊の組織、編成、装備が侵略戦争のためのものであるか自衛のためのものであるかは、同法に掲げられた自衛隊の設置目的だけから判断すべきではなく、客観的にわが国の戦争遂行能力が他の諸国との対比において明らかに侵略をなし得る程度に至つているものであるか否かによつて判断すべきところ、戦争遂行能力の比較は、その国の軍備ないし戦力を構成する個々の組織、編成、装備のみならず、その経済力、地理的条件、他の諸国の戦争遂行能力等各種要素を将来の展望を含め、広く、高度の政治的、専門技術的見地から相関的に検討評価しなければならないものであり、右評価は、現状において、客観的、一義的に確定しているものとはいえないから前掲甲二一号証により認められる四次防の以前、以後における自衛隊の組織、編成、装備が一見極めて明白に侵略的なものであるとは即断できないというべきである。

そうすると、自衛隊法ないしこれに基づく自衛隊の存在が憲法九条に違反するか否かの判断は、極めて高度な政治的判断であり、裁判所の司法審査の対象とはなり得ないものというべきである。

したがつて、自衛隊法ないしこれに基づく自衛隊が、原告らの具体的権利を侵害していると即断することはできない。

六  結論

以上の次第であるから、原告らの本件訴えのうち主位的請求の趣旨一項の請求に関する部分は不適法であるからこれを却下し、主位的請求の趣旨二ないし五項の各請求は理由がないからこれを棄却し、予備的請求の趣旨一、二項の各請求に関する部分は不適法であるからこれを却下することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条・九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 松本武 浜崎浩一 原田卓)

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